……………………
しばし時は、太正八年に戻る。 米田の話に耳を傾けていた若菜は、 話の途中で米田を気遣い、傘を差した。 あの日と同じく降り積もる雪は 二人に積もっていた。 唯一、違っていたのはあの日よりも 今日の雪は人身に温かい。 米田は白い息を吐きながら、 続けた。 米田「当時の俺たちゃあ…山崎が死んだ事も知らなくて、 大した言葉も送ってやることができませんでした…」 昔のことを話す米田は やはりどこか哀しそうだ。 無理も無い。 戦友を失う話だ。 相手が当事者の妻でなければ、話すようなものでもない。 静かに傘を持っていた若菜は、 無表情で、夫の墓を見つめた。 若菜「…そうですか」 ゆるやかな風に流された雪が、 墓前の炎を弱める。 若菜「その後…藤枝さんはどうなされたのです?」 ただ彼女は無言で、 聞き返した。 藤枝あやめのことを『藤枝さん』と呼んだのは ただ単に敬意を込めただけで、他人行儀にしたわけではない。 米田は振返って、薫にニンマリと微笑んだ。 米田「残された彼女は無事に帰還しましたよ。 山崎が行った魔神器設置の余波は辺りの降魔を一掃したんです」 米田はこの話をし始めてから、初めて嬉しそうに口元を緩ませた。 それを見て、若菜も嬉しそうに微笑む。 しかし、それでも心の奥から笑おうとする様子は無く、 苦笑いにも似た何かが引っかかった笑い方だった。 米田は暗い淵をもらす。 米田「………まぁ、それが後々、大変な事に繋がるんですがねェ」 その言葉を聞いていた若菜は、 不意に聞いてしまった。 若菜「その時 夫は…一馬はどうしてました?」 彼女は口に出してから、ハッと気がついた。 自分が言いづらい解答を一気に迫ってしまったのだと。 それほどに、彼女には気になっていた。 自分の夫がどうしていたのか。 自分の夫がどうして死んだのか。 若菜が複雑そうな顔をしていると、 米田は心中を察して苦笑う。 そして苦笑うと、帯刀していた刀の一本をベルトからパキリと外した。 その刀は黒塗りの鞘、和道の極みである紐結いがなされていて、 丁寧に装飾されていた。 それを手に、米田はうつむく。 若菜は、米田の表情が徐々に純粋で、 苦しみに耐えている表情へと変わっていくのを見た。 米田「……一馬は、その時も戦っていました。 雄々しくコイツを振り回す姿を娘さんにも見せてあげたいくらいです」 その言葉を言うと、 米田の表情はさらに暗くなった。 やがて心配する若菜。 しかし、米田の暗さが最高値まで達した時、 米田は不意に顔を上げた。 若菜「………?」 若菜があっけに取られて、驚いた。 顔を上げた米田の顔は、見たことも無いくらい明るいものだったのである。 それは惨烈を極めたと噂に名高い降魔戦争に身を投じ、 生き残った軍人とはとても思えないほどだ。 若菜がほっと胸をなでおろして傘を持ちなおす。 その中で、強く雄々しい米田は墓前の炎にかかる雪を手の平で遮った。 その純真で澄んだ米田のまなざしは、若菜からも彼の背後を通してよくわかる。 米田「……魔神器の『玉』『鏡』の設置完了は戦闘開始からすでに四時間後でした。 過酷な犠牲を払い、俺達はようやく魔神器発動の儀式を迎えるまでに至ったんです」 米田は再び口を開いた。 米田「しかし、一番過酷な戦場はそれからでした…」 米田の表情が再び深刻となる。 この若菜という名の一馬の妻に全てを伝えなくてはならない。 例え、それが辛くとも戦友との思いと約束は果たさなくてはならない。 全ては指令だった私の判断ミスが原因だったんです。 米田はそう頭に付け加えて、 再び、昔のあの頃を話し始めた。 |