壊滅した帝都。

破損した建物の残骸の至るとこから、
白煙が立ちこめている。

蒸気機関の発達によって、
発達した幻想都市・帝都の見るも無残な姿である。

米田「……」

戦闘開始からおよそ二時間。

米田は元々、大きな食堂燐館が在った場所の高台に立っていた。

米田「………」

硝煙の匂いと、腐食し始めた降魔の残骸の放つ、
吐き気のするような異臭が鼻をつく。

気がつけば、
米田の周りには絶命した降魔が
何匹も倒れていた。

その真中で立つ米田は、
愛刀・神刀滅却を大地に突き立て、魔神器の剣を手に遠くの空を見つめていた。

雪がシンシンと降り注ぐ。

灰色の雲が永遠と続き、わずかに見える遠くの空が
地平線と重なっている。
大地には残されたものは死した降魔と人の肉片。

救えなかった陸軍兵と…救えなかった降魔の残骸。

この世紀末的光景の大地が
米田の担当する地区、すなわち魔神器発動の儀式が行われる場所である。
その魔神器使用という重要な作戦を考えれば、
恐らく、これらは歴史に残る場所であり、戦争である。

しかし、当事者であるはずの米田は
それほど高揚する様子も無く、
ただただ、二人の部隊員の成果を待っていた。

米田「………」

米田は無言で、その瞳を曇らせて待っていた。

キシャアアアアアアァァァァーーーーーッ!!

突然、米田の不意をつくかのように、
背後から現れる降魔。
体の至る所に傷を有し、
腹部の傷口から緑の血を流していた。

確かに突然現れたはずの降魔に、
米田は全く気付いていないのか、
動じなかった。

瀕死の降魔はギシギシと鋼質の体をきしませ、
青龍刀の生える腕を振り上げる。

その時、米田はなぜか悔しそうに
目を閉じて、首を左右に振った。

戦いの駆け引きは一瞬だった。

米田の左足が一歩後ろに出たかと思うと、
体がうねって降りかえるのと同時に、大地に突き刺した
刀を掴み取る。

そして神刀滅却の刃が輝いたかと
思うと、降魔はそのツメを米田の腹部へと差し向けた。

ツメと刀がかち合う。

米田「…俺たちゃな、生きていかなきゃならねえんだ」

熊のような巨体の降魔と、
中年男性の米田の力が押し合う。
米田の微力な筋力に絶大な霊力が加わり、
降魔の怪力と対等となる。

いや、それは相手の力に勝った。

降魔の体が一閃され、
巨体が切り開かれる。

上半身が吹き飛んだ降魔はそのままドシィンと、
地鳴りを立てて倒れた。

米田の軍服に、
新たな返り血が増える。

一馬「…………」

倒れた降魔の背後から、
米田と同じく表情を曇らせた一馬が立っていた。

彼は返り血を全く浴びた様子も無く、
愛刀・霊剣荒鷹を手にしていた。

一馬「米田中将……」

彼は、魔神器発動の儀式の術者となる米田の補佐として、
この戦闘に参加していた。

それが皮肉にも、
二人の戦い方を鈍らせる事になる。

魔神器の霊力の塊『剣』を持つ米田はともかく、
一馬は明かに米田を案じて、その瞬発力を鈍調させていた。

それがさっきからチラチラと
目に移る米田には苛立ちすら湧いてくる。

米田「…一馬、今さら気遅れするんじゃねえや」

帽子を深々と被る米田が、
たった一言で一馬を一喝する。

しかし、事の真実を知っている一馬はやはり納得しなかった。

真宮寺の力が働いて、辺りに降魔の生命反応が無いことが
手伝って、思わず口数が増える。

一馬「なぜ、術者が私ではないのですか?」

それは率直な質問だった。

一馬は右肩と背中を負傷しているようだが、
全くもって痛がる様子も、逃げる様子も無い。
ただ、魔神器の剣を携える米田に聞きたかった。

米田がうつむく。

一馬の静かな怒りも仕方ない。
魔神器とは本来、強力な霊力を有する術士による高等儀式であり、
その代償は術士への精神的な負担である。

それは時として死に至るものだった。
これが現在、人類が手にしている呪術的テクノロジーの結晶であり、
不具合な限界だった。

米田の脳裏に最悪が映る。

自分の未熟な霊力が、その負担に及ばない事くらいわかっていた。
それでも、命を危険にさらしてでも術士に志願する理由が米田にはあった。

米田「………」

しばらく、米田は黙ったのち、片手に持った神刀滅却を逆手に持ちなおし、
勢い良く大地に突き刺した。

一馬「……ッ!!」

まるで、黙れと言わんばかりに気圧される一馬は目を見開く。
米田の表情は厳しく強いものになっていた。

一馬と米田。

長く続いた降魔との戦いが多くの血と犠牲の元に集結する今日。
激化する戦いの中、しばしの静かな時ですら二人は休まることはない。

米田「一馬ぁ、何の為に戦うか……忘れるんじゃねえぞ」

睨む米田の言葉に、霊剣荒鷹の柄を握る一馬は答えを返す事が出来なかった。