大正七年──────
一月


今朝より降り始めた雪は止むことが無く、
三日前より襲撃を受けた帝都はすっかり建物の残骸を残す平野となっていた。

これらには降魔による破壊活動だけでなく、
陸軍との交戦による被害でもあった。

確かに物理的なダメージしか与えられない彼らの攻撃力は
微弱なものであったが、この帝都より多くの住民が脱出で来たのも
彼らのおかげである。

陸軍上層部も、ここまで来ては全てをたった四人の特別部隊だけに
任せてはいられないようだった。

そこで担ぎ出されたのが、帝都防衛の要・陸軍である。

彼らもまた、帝都を守るという思想のもと、
戦っていたのである。

ズダダダダダダダーーーー……

見渡せば、所々で機関銃を降魔の鋼の体に撃ち、
至る所で勇敢な陸軍兵達が身の丈、熊を越える降魔を相手に
銃火器で応戦している。

ある者は損壊した建物の裏に隠れ、
ある者は果敢に剣を降魔の背中に突き立てている。

だが、やはり一番目立つのは、
降魔のツメに引き裂かれる兵士達の姿だった。

霊力を持たない彼らは
降魔の足止めすら命がけなのである。
そして、相手がおびただしい数ともなれば、
死する者も少なくない。

「はぁ…はぁ…」

その時、誰しもが呼吸を荒らし、
目の前の悪夢に怯えながらも、手にした拳銃を
向けるしかなかった。

一人の兵士が、降魔の背後で建物裏から立ち上がり、
銃口を降魔に突きつけた。

「………ッ!!」

………カチンッカチンッ

彼の人差し指が銃の引き金を引いても、
弾丸が出る事はなかった。
長期に渡る戦闘はいたるところで
備品不足を促したのである。
彼の表情が一気に真っ青になっていく。

響いた金属音が、
通り過ぎようとしていた降魔を振り向かせてしまった。

すると、彼は拳銃を投げ捨てた。

そして逃げるどころか、
帯刀していた剣を抜き取り、
その降魔へと向かって行ったのである。

キシャアアアァァァァァァーーーーッ!!!

踏みしめる大地を揺らしながら、
降魔は灰色の天空へと奇声を発した。

斬りかかる彼の手に、
雪が降り注ぐ。

「ウワアアアアアァァァッ!!!」

これぞ、まさに死の覚悟というやつであった。

玉砕覚悟といえば聞こえがいいのかもしれないが、
現実問題、無謀である。
降魔は男の行動をしっかり見据えて、
ツメを構えた。

男の剣と、降魔の向けたツメがかち合いそうに成った時、
男の前を銀髪の誰かかが飛び交って行った。

「……な、なに!?」

男の目が丸くなる。

目の前の降魔が、横水平に真っ二つに別れ、
そして緑の血液を飛ばして崩れていったからだ。

男は返り血を浴びて、
ペタリと座る。
腰が抜けてしまったようだ。

そいつは立ち止まると、こちらに向かってこう言った。

山崎「……こいつらに死ぬ気で挑んでも
   お前が死ぬだけだ」

先程目の前をかすめていった銀髪はこの男のものだった。

どうやら、助けられたらしい男は降魔の贓物を
体に付着したまま目を見開いて震えていた。

それを寂しそうに見つめていた山崎は
刀についた緑の血と肉を振り払い、辺りを見渡す。

目の前に広がる光景は
明かに戦争で、大勢の人が銃を持っている。
ただ通常と違うのは相手が魔獣である事だった。

……作戦開始から、すでにニ時間。
ニ箇所同時に行われた魔神器設置は山崎と藤枝の担当であり、
陸軍の救助と共に任務遂行をめざす。
後で到着する米田と一馬の両二名は到着次第、
すぐに陸軍指令と話し、作戦実行に移るとのことだった。

つまり、今、この戦場で降魔を倒す事ができ、
そして降魔に最も狙われる可能性を持つのは自分とあやめという事。
山崎は自分の魔神器設置が終了次第、藤枝の方へ向かおうとしていた。

山崎「…山崎、魔神器設置場所に到着」

軍服の首元に装備された蒸気式小型マイクに、
報告した山崎は懐から玉を取り出した。

山崎「魔神器の『玉』設置」

山崎の担当した地区は、
比較的降魔が少なかった事もあり、
簡単に目標地点にたどり着いたのである。

ここに来るまでに、
降魔は五体ほど闇に切り開いている。

山崎は魔神器の玉を置こうと、しゃがみこんだ。
サラ髪の銀髪が顔にかかる。

山崎「…………ッ!!!」

キシャアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッ!!!!

突然、先程の降魔よりも屈強そうな
肉体の降魔が砂煙を上げて、山崎の背後より現れた。

その勢いで、山崎の銀髪が揺れる。

山崎「……くッ!」

とっさに背後に飛び、勢いのまま転がる山崎。

軍服が泥だらけになりながらも、
雪が降る幻想的な景色の中に現れた降魔を睨みつけた。

山崎「帝都に封じられし怨念の数々が…
   ここまで強く具現化するほどに…」

襲いかかる降魔のツメが、
山崎へと繰り出される。

フゥッと一息吐いて、山崎は再び背後に跳躍し、
そのツメを斬りつけた。

グジゥゥゥーー…

降魔のツメは霊刀に反応し、深い音を立てて切り落とされ、
傷口に泡を吹かせている。

何ともおぞましい光景だ。

山崎「……これほどまでに呪われた帝都だというのか…」

額に汗しながら、山崎は絶望しつつも飛びかかり、
武器を失った降魔の頭部に斬りつける。

降魔は噴水のように汚物を巻き上げ、絶命した。

その光景を見ていた陸軍の者の中から、歓喜の声が上がる。

だが、山崎はけして喜びもせず、
片手に持った魔神器の玉をかばいながら、襲いかかる降魔達を斬り続けた。

………

ようやく、一通りの降魔を切り捨てたところで、
山崎はしゃがみ、手にした魔神器の玉を大地に設置した。

山崎の息は切れ、軍服はすっかり汚物にまみれている。
そして何より、生きる者を殺しつづけた山崎の表情は返り血を浴びたからか、
どこか呆けていた。

大地に置かれた魔神器の玉は
黄色く発光し、地面に付着する。

微弱な光を発光しつづけ、
魔神器の玉は安定した。

霊力を持つ山崎からしても、
その光景は不思議なものである。
まるで、炎のようにそこに光があり続ける光景は
なんとも幻想的である。

山崎「………」

不意に表情を曇らせる山崎は、
負傷した左肩を押さえて、南の方角を見つめた。

ここよりも更に荒れているらしく、
なんども爆風が起きては消えて、戦闘を繰り返している。
初めは痛かった爆発の音も、爆風による気圧の変化も
山崎は慣れ始めていた。
しかし、それも遠くのここだからこそ、言える事である。

あそこが藤枝あやめの担当地区だった。

そこに行こうとする山崎の頭に雪が降りかかる。

本当に冷たい。

しかし、傷は大して深くはないらしく、
疲労し、呆けた山崎はゆっくりゆっくりと歩き始めた。

雪はそんな彼にさえも、分け隔てなく降り注ぐ。