太正六年──────
十二月


帝都の中心地、銀座に突如として現れた魔獣。

初めは上空に見られたり、その魔獣の死骸が発見されることが
起こるばかりで、人を襲ったという報告は無かった。

当然、当時の政府はこの魔獣の存在をひた隠し、
秘密裏に調査を続けていた。

それらの調査を一任されたのが陸軍部であり、
その陸軍部内で構成された調査部隊が対降魔部隊の発端である。

米田一基は当時、その部隊のまとめ役を担っていた。

後に開発される霊子甲冑も蒸気機関もなかった、その時代、
頼れるのが個人個人の類まれな霊力だった。
それ故に、対降魔部隊の所属者達は己の肉体と、
呪力を帯びた刀一本で立ち向かわなければならなかった。
それは対降魔部隊の宿命ともいえるものだった。


「うおおぉぉぉおおおおおッ!!!」


けたたましい唸り声とともに、
銀髪の男が抜き身の刀を片手に突き進む。
眼前にはおびただしい翼を広げる魔獣が酸を口から垂らしている。

辺りは魔獣の行った破壊活動により荒廃し切っていた。
都市部より少し離れていた事が幸いし、ここが戦場となっていたのである。

魔獣の放った酸は、男の肩をかすめた。
だが、男はひるむことなく刀を天に掲げて、その魔獣の腹部に突き刺した。
けたたましい雄たけびと、
魔獣の独特の緑の血液が飛び散る。
男はとっさにその刀を抜き取ると、背後に近づいていた魔獣をも一刀両断した。


最初に降魔が発見されてより、
すでに一年が経とうとしていた今、魔獣たちが帝都を襲い始めたのである。
こうして本格的に対降魔部隊と魔獣との小競り合いは戦闘に突入した。

「はぁ…はぁ…」

銀髪の男は刀を大地に突き刺すと、
ひざまづいて息を切らした。

魔獣との戦闘に突入してから三時間が経過している。

やはり、肉体のみで戦わなければならない現状は
複数の魔獣が同時に現れるようになったことで困難になり始めていた。
それを一番、身に感じていたのが
彼、山崎真之介である。

銀髪で、長身の彼は対降魔部隊の尖兵である。

「山崎ぃッ!!」

米田のしゃがれた声が戦場に響く。

呼び覚まされた山崎が刀を抜き取り、振りかえると、
目の前に突如として現れた魔獣が覆い被さってきたのである。

山崎「うわあああッ!!??」

開口された口には牙が、異端の下が、そして毒々しい酸が
垂れていて、まるで怪物だ。

山崎は目を見開き、恐怖のままに刀を突き立てる。

魔獣はこちらに向かって倒れてきていたらしく、
向こうから突き刺さった。

山崎「…………ッ!!」

魔獣の口は、腹部に刃を貫かれても、
山崎の頭を飲みこもうとしている。
殺しても殺しても、この魔獣達は絶命しない。

抵抗し難い恐怖が山崎の脳裏をかすめる。


ズバァアアッ!!


突然、山崎の四肢を押さえつけていた魔獣の頭部が
斬れ飛んだ。

山崎「……ムゥッ!!」

あまりに突然のことに、
山崎は思わず刀を手放す。

魔獣はついに絶命したらしく、グシャリと身を落とすと、
その後ろから、刀を横水平に振り払った米田がいた。

まだ霊力が体に宿っていた当時、米田は最前戦で戦っていたのである。

米田「大丈夫か、山崎」

魔獣の酸と、緑の血液が付着した刀を
鞘にカチンと差し入れた米田は大地に仰向ける山崎に歩き寄った。

事の成り行きをわかった山崎は、
大きく深呼吸すると、一度手放した刀を手に立ち上がる。

山崎「すみません、米田中将」

体についたホコリを払い、山崎は再び辺りの魔獣を見張った。
どうやら恐怖からは立ち直ったらしい。
それほどの精神力が彼にはある。

「山崎少佐ァ!」

戦場では珍しい、女性の声が山崎と米田を振り向かせた。

長い黒髪をポニーテール式に結んだ彼女・藤枝あやめは、
二人に近づくなり、山崎の傷を診た。

彼女もまた軍服で、対降魔部隊である。
通常、肉体的に非力な感のある女性が戦場に立つことは珍しい。
だが本来、霊力は女性に強く宿る傾向があり、
対降魔部隊に配属される事になったのである。

藤枝「どうやら酸の毒素は傷口には入っていません」

山崎の肩を見つめる藤枝はそう言い、
懐から取り出した軟膏をそこに塗りつけた。

その光景を横目で見ていた米田は辺りが静かな事に気付く。

何時の間にか、複数だった魔獣は倒してしまったらしい。
少々の安堵が米田を包む。

だが、米田はハッと気がついた。

米田「あやめ君、一馬はどこだ?」

その言葉に、彼女も気がついたらしく、
焦りの表情で辺りを見渡した。

藤枝「わかりません…!!」

彼女のあわてように、冷静な山崎は
肩に乗せられていた彼女の手をそっと離す。

山崎「探しに行きます
   もしかしたらまだ交戦中かもしれません」

山崎の体はけして無傷ではない。
だが、この戦場では気遣う暇も痛みを抱く暇もないのだ。
それは米田も一緒で、彼も
山崎の足取りと同じく歩こうとしていた。

その時である。

この大地に、直下型の地震が起こった。
軍隊で鍛え抜かれた生粋の三人の足場がずれる。

米田「な、なんだァ!?」

足のもつれる米田は、
刀の鞘を突き立てて、破壊し尽くされた建物の間を見つめた。

米田の表情が一気に青ざめる。

その建物の間に現れたのは、今まで戦ってきた
魔獣の大きさを遥かに超える巨体だったからだ。
おそらく、この複数の魔獣達のリーダー格だと思われる。

藤枝「あれは一体…」

藤枝は思わず、口元を隠した。
恐怖から吐き気と心肺の痛みが同時に襲ってきたのである。

そんな彼女の肩に手を置いた米田は冷や汗を流していた。

米田「ヘヘ…、化け物めぇ…帝都は破壊させねぇぞ」

藤枝「米田指令…」

二人の横で、山崎は抜き身の刀を手に、
米田と同じく、その魔獣を見つめた。

ここまでくれば、恐ろしさより
無力感が先行する。

だが、彼だけは気がついた。

山崎「………?」

途方も無い大きさを誇る魔獣の横にある、
まるでジオラマのような弱々しい建物の上に、人影が見えたのである。

米田「……あやめ君、山崎の傷の手当てを頼む」

そう言って、彼はあやめの肩から手を離すと、
そのまま手を刀の柄へと向けていった。

米田一基の愛刀・神刀滅却がきらび輝く。
それが何を意味するのか、それを見つめるあやめはわかっていた。

山崎「待ってください!!」

山崎は叫び、そして刀を再び抜かんとする米田の腕を押さえた。

米田の目が丸くなる。

米田「いってぇ、どうした?」

山崎「大佐があそこに!!」

山崎は先程見つめていた建物の屋上を指差した。

すでに魔獣に立ち向かわんとしていた米田はともかく、
まだ冷静さを保っていたあやめも山崎と同じ場所を睨む。

その時、一陣の風が吹き、
砂ぼこりが3人を吹きぬけた。
だが、その誰しもが砂ぼこりに反応することなく、
その高台となった建物に眼を見やった。

その戦友を確かに確認した米田が思わず口走る。

米田「…一馬……」

米田・山崎の言ったとおり、
彼はそこにいた。

対降魔部隊・陸軍大佐、真宮寺一馬。
深い碧色の軍服に、藍の髪を風に揺らして、小さく呼吸している。

そして誰しもが恐れる魔獣を前に、深々と腰を下げ、
すでに刀を居合い切りのごとく構えていた。

目の前に、不動明王のごとく巨体を突き進ませる魔獣を捕らえる。
くわっと目を見開き、そして刀の刃を翻した。

一馬「たあああぁぁぁあああああああーーーーッ!!!」

いきり立った雄たけびと共に、
一馬は走り始めた。

そのけたたましい音に、
その魔獣も反応したらしい。
振りかえり、何かしようと唸っている。

だが、そんなこともお構い無しに、
一馬の両手は刀を振るった。


ガアアアアアァァァァァ!!!


魔獣からしてみれば、小虫のような者が
飛びついて、途端に魔獣は咆哮した。

一馬「……闇よ…消え去れぇぇぇーーーッ!!!」

一馬の叫びと、魔獣の痛みを訴える叫びが重なる。

その巨体をふるっていた魔獣の体が震撼し、
額に突きつけられた刀から一直線に霊気が走る。

そして、その霊気の線になぞるかのように、
その魔獣は一気に緑の血肉を吹き上げて真っ二つに分かれた。

その現実感の気薄な光景を
しっかり肉眼で見ていた3人は正直、脅威した。
戦闘の勝利を称えるでなく、戦闘の終了を喜ぶわけでなく、
ただただ、同朋の放った一撃の強さに眼を見張ったのである。

米田「……始めて見たぜ…これが真宮寺家の力か…」

そう言い捨てる米田は、
安堵して大きく溜め息を吐き出した。
張り詰めていた緊張が一気に解かれる。

藤枝「…指令……」

いつの間にか、山崎に身を寄せていた藤枝は刀を閉まった米田を呼びとめる。
それに対し、米田はなんだ?と気軽く振りかえる。

藤枝「戦闘…終了と報告してよろしいでしょうか…」

米田「おう、上層部には死亡者零と報告してくれ」

彼女は怯えながらも、うなずいた。
どんな時でも仕事に徹する彼女とはいえ、さすがに今回の戦闘は応えたらしい。

山崎はしばらく何も言わなかった。
いや、言えなかった。

目の前で起こる、自分の限界を超えた領域の戦いが
恐ろしかったのだ。

米田「山崎…?」

山崎「は、はい」

彼の浮かない顔に、米田は思わず声をかけてしまった。
山崎の顔色は治る事は無く、
ただ、戦闘終了に安堵していただけだった。

あれほどいた魔獣が
短期間で殲滅できたのも、
恐らく真宮寺一馬大佐によるものだろうと思い。
山崎は正直、大佐を恐れた。