「うわぁっ、バ、バケモンだぁ!!」
 一人の男の子が悲鳴を上げ、神社から駆け出ていった。
 他の子供達も次々と八女から離れていく。
 そして、男が叫んだ。
「!! ……お前まさか……夏羽の子供か!?」
「父様を、父様を知っているの!?」
 男の言葉を聞いて、八女は男に問いかける。
 しかし、男はそれに答えず、
「おい。誰か大人を呼んできてくれ。それと……縄と網を持ってくるように」
 まだ境内に残っていた子供に、後半は声をひそめて男は言った。
「ねぇお願い! 父様のこと教えて!」
 懇願するように八女は叫ぶ。
 子供たちが全員神社の外に出ていったのを確認してから、男は口を開いた。
「……おめぇ夏羽の、親父のこと何も知らねぇのか……ま、母親も話すわけねぇか。
 いいだろう。教えてやるよ」
 男は八女と距離を保ちながら語りだした。
「夏羽は……元々この村の人間だった……。
 もう13年も前になるが、あいつが狩りのために山へ入ったとき、出会ったのがおまえの母親だ……
 あいつはその女と一緒に山を下りてきた。そしてこの村で一緒に暮らしたい、っていうんだ。
 冗談じゃない、と俺達はみな反対した。その女が蜘蛛の巣山に住んでる、って聞いてな。
 だがあいつは頑として聞かなかった。そして、二人で村を出ちまったんだ。
 ……それから2年経って、あいつらはまたこの村に戻ってきた……まだ赤ん坊だったお前を連れてな。そして、またこの村で暮らしたいと言ったんだ」
 八女は男の言葉に黙って耳を傾けていた。
 男は時折後ろを振り返りながら話を続ける。
「みんな、また反対した。お前のその6本の腕を見ちまったからな――そんな化け物をこの村に置くわけにはいかない、とな。
 そして――」
「おぉい、一体何があったんだ?」
 そう声を上げながら、数人の男達が神社に入ってきた。
「夏羽の娘だ」
 その言葉に、後からきた男達の顔つきが変わる。
「それで、網と縄は持ってきてくれたか?」
「あ、ああ。持ってきたが……お前、もしかして……」
「そうよ。こいつをとっつかまえるのさ」
“つかまえる”の一言に、八女の顔に恐怖の色が現れた。
「ま、まて! またあの時みたいになったら……」
「ここには母親もいないし、夏羽ももういない。誰も死ぬことはないさ」
「えっ……どういう……ことなの?」
 今の男の言葉に何か不吉な物を感じ取ったのか、八女は思わず声を上げた。
「俺達はお前を始めて見たとき、正直恐ろしくなった……こんな化け物が村に現れるなんて、きっと災いの前触れだと。
 そこで何人かの男たちがおまえたちを捕まえようとしたんだ……。そうしたら、夏羽のやつがお前たちをかばって――」
「――!? まさか……父様は……」
「そうさ! 夏羽はその時死んだんだよ! お前たちをかばってな!!」
 怒りの形相で男は叫ぶ。
「そ、んな……父様が……そんな……」
 父が殺されたという事実に、八女はただ小さくうち震えるしかなかった。
「さあ、早くこいつを捕まえちまえ!!」
「でも捕まえてどうするつもりだ? ……まさかお前!!」 
「ああ。こいつも殺す。こんな化け物生かしとくわけにはいかねぇ!!」
 男は縄を持つと、じりじと八女の方に近づいていった。
 他の者達も網を持って八女の周囲を取り囲む。
「い、いや……やめて……」
 八女は恐怖に打ち震え、その場から動けずにいた。その両目からは涙があふれ、数条が頬を伝って地面に滴り落ちていた。
「さあ、やれ!」
 男の号令一下、八女めがけて網が放たれる。
「――!!」
 網は八女に覆い被さり、八女は逃げだそうともがき出す。
 そして、縄を持った男が一歩一歩、八女に近づく。
 その瞳は狂気に満ち、威嚇するように八女を睨み付けていた。
 そしてついに、男の縄を持つ手が八女にかかった。
 その手は異様に冷たく、八女は自分の心臓が一瞬凍り付いた様な気がした。
「いやっ!!」
 八女は力一杯その手をふりほどこうとした。振り回した右腕が男の胸を打つ。
「くっ、この野郎!」
 男は逆上して右の拳を八女の顔面めがけて打ち込む。
 八女は反射的に短刀の鞘に手を伸ばし、そして――
 ぐさっ!!
「ぐふっ!?」
 八女の右手に握られた短刀が、男の胸に深々と突き刺さっていた。
「あ……」
 八女の上げた声は素っ気ないものだった。自分が何をしたのか、一瞬理解できなかったのだ。
「こ、殺しやがった……」
 村人の上げた声に、八女も自分のしたことに気付いた。

 人間を、殺した――

 殺すつもりなどはじめから無かった。
 しかし、普段狩りをしているとき、突然獣に襲われることもある。その時はとっさに刀を抜くように、八女は自然と身につけていた。
 つまり、本能で危険を察知して思わず短刀を抜きそして、男を刺したのである。
「あ……あ……」
 八女は恐ろしくなった。狩りで動物を殺すことは、自分たちが食べていくには必要なことだからだ。
 しかし今は違う。相手は動物ではない。自分と同じ人間なのだ。
「いやぁあっ!」
 八女は短刀を放りだすと、一目散に山へ向かって走り出した。
 先ほどからあふれ出る涙は止まることなく八女の頬を伝っていた。



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