時は流れ、八女は十二歳になっていた。
 山の木々の葉も地に落ち始めた晩秋のある日、八女は狩りに出かけ、今は野兎を追って山中を駆け回っていた。
 しばらくは手製の木弓で矢を放っていたが、矢がつきると短刀を握りしめ獲物を追っていた。
 どのくらい走っていたのだろうか、ふと気が付くと、八女は全く見知らぬ場所に来ていた。
 見渡す限りの大木――同じような光景は山ほどあるが、生まれたときからこの山の中で暮らしている八女にはそれらの場所をはっきり見分けることが出来た。
 しかし、今いるところは明らかに来たことのない場所だった。
「ちょっと遠くまで来過ぎちゃったかな……」
 立ち止まっている間に野兎もどこかへ見失ってしまった。家へ戻ろうと、身を翻したその時。
「……うん? なんだろう?」
 木々の間を吹き抜けていく風に乗って、人間の声がするのを八女は気づいた。
(誰かいる!)
 母以外の人間を見たことのない八女は、好奇心から声のする方に向かって歩き出した。
 持っていた短刀は鞘に収め、寒さよけのマントを羽織り見えないようにした。
 しばらく歩くと突然視界が開け、麓の村の家並みが見えた。そして初めて見る、母以外の人間の姿も。
 八女のいる場所は神社の境内だった。目の前の広場では八女と同い年ぐらいの子供達が5,6人遊んでいた。
「――あっ」
 子供達の一人が八女に気付き、声を上げた。他の子供達も八女の方を振り向く。
「ねぇねぇ。あなたもこっちきて遊ぼうよ」
 最初に声を上げた女の子が八女をそう言って誘ってくる。
 八女は少しためらったが、小さくうなずくと小走りに子供達の輪に向かった。
「あなたのお名前は?」
 別の女の子が矢継ぎ早に訊ねてくる。
「……あたしは八女」
「八女ちゃんかぁ。よろしくね」
「この辺に住んでるんじゃないよね。どこに住んでるの?」
「えっと……向こうの山の方」
 八女はいま自分が来た山を指さして言った。
「おい、あっちって蜘蛛の巣山の事じゃないのか?」
 子供達の中で一番年上らしき男の子が声を上げた。
「蜘蛛の巣山?」
「なんだ、知らないのかよ。あの山は蜘蛛の巣山って言って、なんでも妖怪が住んでるって話だぜ」
「それ私も聞いたことある。なんでも子供をさらって食べちゃうんだって。八女ちゃん、住んでてなんでもないの?」
「う……うん。別に……だって、そんな妖怪とかいないし……」
「おーい。そろそろ夕飯の時間だぞー」
 神社の鳥居の向こう側から、農作業帰りらしき男が子供たちに声をかけた。
「ん? 見慣れない子だな。どこの子だ?」
 男は八女を見咎めてたずねる。
「この子は八女ちゃんっていうの。蜘蛛の巣山の方に住んでるんだって」
「八女? ……どこかで聞いた名前だな……」
 男は小首を傾げて思い出そうとしている。
 その時、一陣の強風が境内を駆け抜けた。
 風は境内に落ちていた木の葉と共に、八女の羽織っていたマントまでもひるがえさせた。
「きゃあぁっ!」
 マントが捲れ、覆うもののなくなった八女の姿を見て、子供達のうちから悲鳴が上がる。
 八女の六本の腕があらわになったからである。