「それでは大神さん。私たち、まだ仕事がありますから」
「ああ。三人とも、頑張って」
「はいっ、頑張ります」
「大神さんも、頑張ってくださいね」
「ああ……ありがとう、みんな」
 ひとしきり笑い終えると、彼女たちは挨拶して奥へと行ってしまった。
 俺は和気藹々と話しながら遠くなっていく彼女たちの後ろ姿を見ながら、ある意味感慨にふけっていたのかもしれない。
 そう――俺は対『武蔵』戦を思い出していた。
 あの強大な『武蔵』は、俺達花組だけでは、倒すことは出来なかっただろう。勿論、空中戦艦『ミカサ』の力も大きいが、彼女たち――かすみくん、由里くん、椿ちゃんの尽力も忘れてはならない。
 普段は劇場の事務や、売店の売り子をしている彼女たちも、ひとたび戦闘となれば俺達と同じ、帝国華撃団の一員として戦うことになる。
 もっとも俺達花組と違い、彼女たちの所属する風組は輸送空挺部隊。『轟雷号』や『翔鯨丸』などでの輸送や後方支援が彼女たちの仕事だ。
 直接、危険と隣り合わせになることはない。また、実際に戦地に出向いている者から見れば、風組の仕事はとても地味なものに見えるかもしれない。
 しかし、決しておろそかに出来ない仕事であることも、また事実である。実際『轟雷号』や『翔鯨丸』がなかったら、と考えてみればよいだろう。彼女たちの仕事が如何に大切か、というのが身にしみてよくわかるはずだ。
 花組だけじゃない。彼女たちもまた「勝利」を、「平和」を勝ち取った、大切な仲間なんだ。
「……あの時はそんなこと考える余裕もなかったからなあ。こうして改めて考えてみると、かすみくん達には感謝してもしたりないくらいだ」
 感謝したりないと言えば、加山にも随分と助けてもらった。いつも神出鬼没な奴だったが、隠密行動部隊・月組の隊長として、そして海軍士官学校の同期生として、いろいろな忠告をもらったり、危機を救ってもらったり――
「……改めて礼を言っておいた方がいいな」
 しかし、礼を言おうにも、あいつは一体どこにいるのだろうか?
 いつもどこからともなく現れては、どこへともなく消えてゆく――まるでこの前読んだ小説の主人公のようだ。
 その小説は戦国の末期、正確を期すなら江戸の初期だが、滅亡に向かう豊臣家を守らんとする部将に仕える忍者の話だった。その神出鬼没な所や、陰ながら味方のために戦う点など、加山と酷似していたのだが――
「そういえばなんて言ったかな、あの主人公の忍者の名前は……えっと……」
「『猿飛佐助』か?」
「――――!」
 声は、俺の頭の上から聞こえてきた。
「加山!」
 そう言うと、俺の目の前に加山が現れた。現れたと言っても、突然降って涌いて出た訳じゃなく……いや、「降って」はきたんだが……
「いよぅ、大神ぃ。いやぁこんなところでおまえと会えるなんて、俺は幸せだなぁ」
「こんなところで……って、ずっとここにいたわけじゃないだろ?」
「もちろんだとも。戦いが終わったからといって、月組の仕事が無くなる訳じゃないからな」
「そうだ。そのことでおまえに礼を言おうと思っていたんだ」
「礼、だと?」
「ああ。加山、今までいろいろとありがとう。おまえのおかげで、俺達は黒鬼会、そして京極に勝つことが出来た。おまえのおかげだ」
「礼なら必要ない。おまえ達が黒鬼会に勝利すること、それが俺達に対する最高の報いだ」
「加山……」
「こっちへ来てみろ、大神」
 そう言って加山は、二階客席の扉の前へと進み、そして扉をほんの少しあけた。
 中から歌声が聞こえてくる。花組のみんなが稽古をしているところだ。
「彼女たちの歌を聞いてみろ」
 言われるままに、俺はみんなの歌声に耳を傾けた。

  歌を さあ歌いましょ それが夢のつづき
  高らかに愛を 歌う喜び
  歌を さあ歌いましょ それが夢のつづき
  巡りあい 信じあい 明日を歌お

「『夢のつづき』……」
「そうだ。来月からの公演で歌われる曲だ」
 わずかな隙間から覗いてみると、舞台の上では花組のみんなが一列に並んで歌っているのが見えた。
「この舞台にはな、帝都にいつまでも平和な日々が続くように、という願いが込められているそうだ。――大神、彼女たちは今、どんな『夢』をみていると思う?」
「……みんなの、夢?」
「そうだ。将来の夢、となればそれぞれ違うだろうが、今の彼女たちは同じ夢を見ている。『平和』という夢を、だ」
 舞台を見つめていた視線を戻し、俺をひたと見据えて言った。
「彼女たちはそれを自らの手で勝ち取った。俺はその手助けをしてやっただけのことだ」
「…………」
「大神。この平和は決して俺達だけの力で勝ち得たものではない。そのことは絶対に忘れてはならないことだ」
「ああ。おまえにも感謝しているよ、加山」
「――俺は月組の隊長だからな」
「?」
「たとえ一面の闇の中でも、おまえ達帝都に咲き誇る希望の花を煌々と照らし続ける一点の望月(まんげつ)――それが俺達、帝国華撃団・月組だ」
「加山……」
 加山は俺の肩をぽんっ、と一つたたくとそのまま振り向き、
「……いいか大神。俺はいつでも、おまえの力になってやれる。そしておまえは、彼女たちの力になってやるんだ。いいな」
「……わかった。忠告ありがとう、加山」
「では大神、さらばだ! とうっ!!」
「加山!?」
 なんと加山は、吹き抜けから下へ降りていってしまった。まったく、相変わらずな奴だ。
「さて……」
 自分の部屋に戻ろうと、俺は歩き出した。後ろからは、花組のみんなの歌声が聞こえてくる。

  歌を さあ歌いましょ それが夢のつづき
  高らかに愛を 歌う喜び
  歌を さあ歌いましょ それが夢のつづき
  立ち上がれ 肩を抱き 明日を歌お

 俺はその歓喜溢れる歌声を背に聞きながら、かすみくん達からもらったネクタイを手に、朝日の映えるロビーを後にした。

〈『夢のつづき』は誰のもの? 了〉