六月に入って間もないある日、かすみは浅草に来ていた。
 米田支配人(帝撃の司令長官である米田は、同時に大帝国劇場の支配人でもある)に頼まれて買い物に来ていたのだ。
「えっと、新しい筆は買ったし……モギリ用のはさみは……合羽橋に行かなきゃないかしら。あとは……えっ? お酒二本!? もう、支配人ったらまた経費で自分のお酒買うつもりね!」
 そんなことをつぶやきながら、仲見世通りを出たかすみは蒸気鉄道の駅へと向かった。
 駅へさしかかる途中。
「あ、いっけない。せっかく浅草まで来たんだから、浅草寺に行って御守り買っていかないと」
 そういって、浅草寺への近道となる細い小路へと入った。
 小路を通り抜けると、浅草寺の境内に直接抜け出ることができる。かすみは御守りの販売所で縁結びの御守りをひとつ購入した。
(さくらさんに渡さなくっちゃ)
 ふと、自分の分も買おうかとも思ったが、今はさくらのことだけ……と思い、あえてひとつだけにした。
(私の分はまだいいわ。さくらさんの恋をお手伝いするって決めたんですもの)
 かすみは買った御守りを大事に懐にしまうと、もときた小路を戻り始めた。
 すると突然、
 どがああああああぁぁぁぁああんっ!!
 天地を揺るがすかのような爆音が響き、かすみはたまらず地に伏せた。
 続いて遠くから怯えたような声がかすみの耳に届く。
「た、大変だ。魔操機兵がーー!!」
「えっ!?」
 魔操機兵とは、政府転覆をたくらむ黒之巣会の主力兵器――いわゆる脇侍である。
「大変!! 早く戻らなきゃ」
 立ち上がり走りだそうとする。
 しかし、突然背中に衝撃を感じ、そのまま地面に倒れ込む。
「えっ……!?」
 急所をとらえたその衝撃は、かすみの意識を遠のかせていく。
 消えかけていく意識の中で、かすみは自分を囲んでいる男達がいるのが見えた。
 その男達は、下衆な笑みを浮かべながら、かすみが倒れていく様を見つめている。
(そ、そんな……助けて……!?)
 叫ぼうとしたが声を出すこともできず、かすみは意識を失った。

「帝国華撃団・花組、全員集合しました!」
 地下の司令室に大神の声が響く。
「ごくろうさま、大神くん」
「今回、黒之巣会は浅草に出没した」
 陸軍の軍服を身に纏ったあやめと米田が、大神以下花組メンバーに向かって言う。
「浅草、ですか……?」
「そうだ。だが今までとは、ちと様子が違う」
「様子が違う……? どういうことですか、長官」
 マリアの問いかけに、米田にかわってあやめが答える。
「今まで、敵は比較的霊力の強いポイントに現れて、何かの作業をしていたみたいなの。でも今回は、そのポイントからずれて出現しているのよ」
「浅草にも霊力の強い地点はあるのだが、敵さんの動きを見ていると、どうもそれが目的じゃないらしい。ただ闇雲に破壊しているだけだ」
「でも、その暴れとるんは陽動で、本隊は別にいるんかもしれへんで」
「紅蘭の言う通りだ。だからといって、陽動部隊をほっとくわけにもいかん。そこで、だ。みんなはとりあえず浅草に向かってくれ。そのあとの指示は、こちらから随時出す」
「了解しました!!」
 米田の言葉に、敬礼して応える大神。
「帝国華撃団・花組、只今から浅草に向かいます!!」
「うむ。がんばってくれ。それともう一つ」
 米田は一度言葉を区切ってから、再び口を開いた。
「かすみくんが、浅草に行ったまままだ戻っていない。もしかしたらこの騒動に巻き込まれたのかもしれん」
「――かすみさんが!?」
 米田の言葉に、思わず声を上げるさくら。
「ああ、そうだ。この件も、よろしく頼む」
「わかりました。よしみんな、帝国華撃団・花組、出動だ!!」
『了解!!』
 元気のよい返事を残して、花組の少女達は悪を滅ぼすため、帝都を守るために《光武》へと乗り込む。
 目指すは――浅草!
『《光武》出撃準備完了! 《轟雷号》、発進!!』
 あやめの声とともに、弾丸列車《轟雷号》は浅草へとむかった。

「――う……う、ん……」
 意識が戻ったらしく、かすみの瞼がゆっくりと開く。
(私……どうなったんだっけ……)
 まだぼーっとする意識の中で、必死に記憶の糸をたどる。
(確か支配人に買い物を頼まれて……浅草寺で御守りを買ったのよね……。それから爆発の音が聞こえて……痛っ!?)
 にわかに頭痛を覚え、思わず右手をおでこにあてようとする。
 しかしかすみの右手がおでこにあたることはなかった。
「えっ!?」
 小さく声を上げて、右手を見るかすみ。
 かすみの右手――いや左手も、ともにロープで縛られていた。
 一瞬のうちに意識がはっきりと戻る。
「おっ、気がついたみてえだな」
 部屋の中央にある円形のテーブルで麦酒を酌み交わしていた男の一人が、席を立ってかすみの方に近寄る。
 無精ひげを伸ばし、髪の毛をぼさぼさにした、いかにもごろつき風のその男は、かすみにコップを差し出して、
「よお、嬢ちゃん。どうだい? あんたも一杯やるかい?」
「ここはどこなの! 私をどうする気ですか!?」
「おいおい。一度に二つ聞かれても答えられねーよ。質問はひとつずつ言ってくれなきゃ」
 口元に卑下た笑いを浮かべながら、ごろつきAは言った。
「ふざけないで下さい! あなたたち、こんなことしてただですむとおもってるの!!」
「ただですまなくなる前に、とっととトンズラこく――そんな簡単なこともわかんねえのかい?」
 ごろつきBが麦酒の瓶を片手に立ち上がり、かすみに言った。
「そんなことより、とっととあんたん家を白状してもらおうか」
 最後にごろつきCがテーブルについたまま、かすみを見もせずに言った。
「そうだな。早えとこ身代金ふんだくって逃げねえといけねえからな」
 コップに残っていた麦酒を飲みほしながらのごろつきAのせりふを聞いてかすみは思った。
(どうやら、黒之巣会の襲撃とは関係なく、ただの身代金目的の誘拐犯みたいね……)
「ほら、はいちまえよ。じゃねーと――」
「あんたのカラダに聞くことになるぜぃ」
『いっひひひひひ』
 ごろつきA,Bのいやらしい笑い声を聞いて、かすみは背中に――いや全身に寒気を感じた。
 いまかすみは東京に一人暮らしである。茨城の実家は遠すぎるため、ごろつきたちが逆上――まではしないだろうが、身代金が取れないかわりにと一気にかすみを襲う可能性もある。
 一瞬、大帝国劇場に勤めていることを言おうかという考えが頭をよぎった。
 しかし、帝劇のみんなに迷惑はかけられないと、かすみは思い直した。
(それに、自分も帝撃の一員だったら、自分でなんとかしなきゃ――)
 心の中でそう決意して、気丈にもごろつきたちをにらみつける。
「おー、怖え顔だな。そんな目ぇしちゃ、せっかくの美人が台無しだぜ?」
「大きなおせわですっ!」
「――いい加減、その辺にしておけ」
「――――!!」
 一人静かに麦酒を飲み続けていたごろつきCが、二人をたしなめた。
「何でです、兄貴!?」
「あせったところでそいつが白状(は)いてくれるわけじゃねぇ」
「し、しかし、あんまりこいつを長く捕まえたままじゃ、すぐに警察が動き出しますぜ!?」
「外は今そんな状況じゃない。警察だってすぐには動かんさ」
「あ――そう言えば、そうっすね……」
「まあ、念のためにお前等で外見てこい。それまでこいつは、俺が見張ってる」
「そんなこといって、自分だけ楽しもうなんてなしですぜ、兄貴」
「わかっている」
 兄貴分の言葉を聞き、AとBは外へと向かった。
 兄貴分はちらりとかすみに視線をやる。
 おもわずびくっと小さく首をすくめるかすみ。
 それをみた兄貴分はわずかに口元をゆがめただけで、再び麦酒に専念する。
(この人たち……悪人としては三流ね……)
 そんなことを思うかすみだが、とりあえず脱出のチャンスができた。
(とにかく、このロープをほどかないと)
 そばにあった木箱の角にロープをこすりつけようと、そちらへと体を動かす。しかし、
「動くんじゃねえ」
 突然かかった声に、びくっと体を震わせ、かたくする。
 見ると、兄貴分がこちらをじっと見ていた。
 しかたなくもとの場所に戻るかすみ。
 その顔に焦りの表情が浮かんだ。
(一体どうしたらいいの?)
 しかし、かすみのその問いに答えるものはだれもいなかった。