春の湊



「大神さん、右からきます!」
 背後からの声に、大神一郎は霊子甲冑《光武》を数歩後退させる。
 青々と茂る芝生に入ってしまうことに少し躊躇したが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 刹那、後退した《光武》の前を、一発の銃弾が通り過ぎた。
「くっ、こんなところにひそんでいるとは……」
「あたしがいきます!」
 そういって《光武》の右前方にある崖に向かったのは、大神の後方で脇侍《足軽》を一体倒し終えたばかりの《光武》だった。
 桜色にカラーリングされたその《光武》は、右手に六尺の太刀を構え、一直線に崖へと向かっていく。
 あと数歩のところまで来たとき、崖に隠れていた脇侍《火縄》が突如姿を現し、手にした銃の銃口を《光武》へと向けた。
 だが桜色の《光武》はひるむことなく《火縄》に向かっていく!
《火縄》が引き金を引くよりも早く、
「えぇぇぇぇぇい!!」
 銀光を閃かしながら《光武》が振り上げた太刀が《火縄》の左肩を貫き、そのまま《火縄》の体を二つに断つ!
『グワァァァァァァァァッッ』
 ごがぁぁぁあんっ!
 断末魔の叫び声をあげ、上下に分かれた《火縄》の体が爆発した!
「さくらくん、大丈夫か!?」
 銀色の《光武》から大神の声が響いた。
「ええ、大丈夫です」
 かえってきた声は、まだ若い少女の声だった。
 桜色の《光武》を操っているのは十七歳の少女――真宮寺さくら。
「そうか。でもあまり無茶はしないように。わかったね」
「はい、大神さん」
 銀色の《光武》の操縦者、大神一郎の言葉に、素直に応えるさくら。
「ちょっとさくらさん、ここは戦場ですのよ。あまり少尉のそばにくっついていると、少尉の足手まといになるんじゃなくて?」
 そういやみっぽく言いながら近づいてきたのは長刀を持った紫色の《光武》。
「おいすみれくん。そんな風に言わなくても……。別にさくらくんは足手まといになんかなっていないし、現にこうして俺を助けてくれてもいるんだから……」
「そうですよすみれさん。あたしは別に何も……」
 さくらの言葉を遮って、紫色の《光武》に乗る神崎すみれはさくらに視線をやりながら、
「いいえ。先ほどから見ておりましたら、さくらさんたら少尉の近くにベタベタとくっついているだけじゃないですの。そうやって少尉の気をひこうとしているのは見え見えですのよ」
「な、何を言ってるんですか、すみれさん。あたしそんなつもりじゃありません。それに、大神さんの前でそんなこと言わなくったって……」
 後半は声をひそめ、うつむきながら言うさくら。
「ちょっとすみれ。今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。敵はまだ上の方にいるのよ」
「そうやですみれはん。そら、気になるのはわかるけどなぁ」
 三体の《光武》から少し離れたところにいる黒と緑の《光武》からすみれをたしなめるような声が響いた。
 黒の《光武》を操るマリア・タチバナと、緑の《光武》を操る李紅蘭は現在二体の《足軽》と対峙している。
「それはわかってますけど、さくらさんの行動でわたくしたちが窮地に陥ってしまっては大変ですから……」
「何言ってるの。さくらはさくらで一生懸命やってるんだし、大神少尉がそばにいるんだから、心配ないわ」
「大神はんがそばにいるから、よけいに心配なんや。そやろ、すみれはん?」
「こ、紅蘭!!」
「みんな、いい加減にしないか。この前の上野の時見たとおり、さくらくんの腕なら大丈夫だ。それより、敵を倒すのが先だ」
「そやそや。こいつらたおして、はよ舞台の修理せんと、次の公演ができなくなってまうで」
「……わかりましたわ。しかしさくらさん、くれぐれも少尉の邪魔はしないように。よろしいですわね、オッホホホホホホホホ」
 そう言い残してすみれの《光武》は戦線へと戻っていく。
「さくら、あまりすみれの言うこと気にしちゃだめよ。あなたはがんばっている、それは私も紅蘭も、そして少尉もわかっているわ」
 右腕に備え付けられている霊子自動銃の掃射で脇侍を一体しとめたマリア機は、さくら機に近づいて言った。
「マリアさん……ありがとうございます」
「いいのよ、お礼なんて。さあ少尉、さくら、いくわよ!」
「はいっ!!」
「よし、俺も負けてられないぞ」
 マリア、さくら、そして大神の《光武》は前方の脇侍に向かって進んでいく。
「大神さん……」
 ふいに、さくらが大神に話しかけた。
「何だい、さくらくん?」
「あ、あの、さっきすみれさんが言ってたこと……」
「さくらくん、もう気にするな。マリアも言ってたじゃないか」
「え、えぇ……」
 さくらはすみれの「少尉の気をひこうとして……」というせりふについて言おうとしたのだが、どうやら大神は「少尉の邪魔はしないように」というところを気にしていると勘違いしたようだ。
 思惑がはずれたさくらだが、それでも気を取り直し、
「見ていてくださいね、大神さん」
 そう言って、いつのまにか横手に構えていた脇侍に斬りかかっていった。

 宮城(きゅうじょう)の南に広がる芝公園。
 春に別れを惜しむ風に、ほのかに強い日差しを浴びる木々の葉が揺れ、夏の訪れを歓迎すべくなめらかなハーモニーをかなでる。
 季候のよい少々汗ばむ日には、木陰を求める帝都市民が訪れ、数多の緑の合唱に耳を傾ける。
 そんな都会のいやしの空間に、帝都の情報網の中枢ともいえる帝都タワーが立っている。
 太正十二年五月。夏の兆しも現れ始めたその日、黒之巣会総帥、天海は自ら芝公園に進撃、帝都タワー破壊を目論んだ。
 黒之巣会現るの報を聞き、大神一郎、真宮寺さくら、神崎すみれ、マリア・タチバナ、そして花やしき支部から転属されたばかりの李紅蘭の五人――帝国華撃団・花組は、特に霊力の強い人間にしか動かすことのできない秘密兵器――霊子甲冑《光武》にて出動したのである。

 戦いは、花組優勢で進んでいった。
 天海は多数の脇侍に加え、地上砲《蒸気火箭》をあらかじめ設置。花組迎撃の準備は十分に整っていた。
 しかし、花組の戦闘力はそれを遥かに上回っていた。
 特に李紅蘭の《光武》の武器・飛行爆弾は敵を的確に捕捉・攻撃し、《蒸気火箭》もその射程に入る前に破壊することができた。
 さらに天海の送り込んだ脇侍《侍》も、《翔鯨丸》にてかけつけた帝撃副指令、藤枝あやめの援護によって難なく撃破。ついに芝公園、そして帝都タワーを守り抜いたのである。