4.

 悪役には悪役なりの仕事と言うものがちゃ〜んとある。
 何も日がな一日を悪事に費やして生きていける筈もなく、黒鬼会の組織運営に関しても最高級幹部な五行衆の面々は、それなりに配下の者やスポンサー(黒鬼会特需に便乗する企業)に対して心を砕かねばならない。
 何をどうしているのかと言えば、鬼王は事務全般の統括に当たっているし、あの"桃色筋肉馬鹿(金剛のことらしい)"にしても新兵卒の戦闘訓練やら無人兵器搭載型蒸気演算機の戦闘演習(経験値上げ)、木喰に至っては新兵器開発及び魔操機兵の調整修理に各種機器関連の保守点検に余念がなく、水狐はと言うと諜報活動並びに情報戦担当、火車は物資補給輸送担当を受け持って、あたしにしても何故かしら経理担当に任じられ・・・能力の有無や配置の適不適など、一切考慮無しな人材不足ぶりもここまでくるとかなりご立派なものであろう。
 この組織運営の点だけは、帝国華撃団の方が遥かに恵まれているのが・・・何とも情けない話である。まあ、向こうは帝国政府も一枚噛んでいるわけだし、仕方がないといえば仕方がないのだろうが。
 あたしだってできれば歌って踊って、色恋に大いに悩んで、帝都の平和を守って・・・それだけで済む方が羨ましいに決まってる。

「領収書が一枚、二枚、三枚・・・何でも経費で落とそうって魂胆が見え見え・・・打ち出の小槌を持っているわけじゃないんだよ、黒鬼会はさっ!」
 あたしが捻り鉢巻とそろばん片手に唸っている姿はあまり・・・いや、かなり見せたくない姿ではある。
 ただでさえ最近悩み事の多かったあたしは、誠心誠意この労働に対する意欲にかけて、それらを一時とは言え全て忘れ去ってしまおうと硬く心に決め、それまで溜め込んだ経理事務をやっつけるための徹夜作業にかかりっきりになっていた。
「土蜘蛛さん・・・少しばかりお時間の方はよろしいですか?」
 不意の来客のこの口調にあたしは嫌な記憶が一瞬蘇えったが、訪ねて来た相手が火車であることに気付くと、幾分やつれ気味の表情のまま、少し嫌な顔をして室内に迎え入れる。
 ここで気が付いたのだが、話の冒頭で何故にあたしがいきなり背後から声をかけた男を殴り倒したのかと言えば、この火車の雰囲気にあまりに似過ぎていたから・・・いわゆる生理的嫌悪感からと言うやつである。
「何だい、火車?」
 いちおー礼儀でもあるので、すっかり冷めてしまった珈琲を面倒臭げに温め直すと、乱暴に火車の前に出してやった。
「実は私の妹のことで、恥ずかしながら少し相談したいことがありましてね・・・」
「妹・・・・・・ね」
 その時あたしが見せた何とも形容のしがたい表情は、火車にとっても驚きに充分値するものだったろう。
 言っておくが、最近のあたしの最大の悩み事のタネは今もってここに居座ったままであり、しっかりと京極に気に入られていることも手伝ってか、傍若無人なまでに赤坂洞穴(黒鬼会本拠)の各所にあたしの後を追うかのように出没を繰り返し続けている。
「貴女の命を付け狙う符(ふだ)使いは、どうもこの地の近くに潜伏しているようです」
「・・・それで?」
「事ここに至っては、私も妹の身の上を心配するただの兄・・・あんな奴ごときに大事な妹は渡せません!」
 はっきり言ってあたしはこの火車が大嫌いなのだが、その火車が嫌っている男・・・あたしにしてみれば、もっと嫌いな奴と言うことになるのだろうかと、などとぼぉ〜っとした意識の中で考えてみる。
「あの男は決して自分の手を汚そうとはせずに、全てを符(ふだ)によって解決するような男なのです!」
 まあいきなり襲われた経験からしてそう言う男なのだろう。
 もっとも、この時点のあたしは自分がしたこと・・・(いきなり運河に放り込んだ)・・・をきれいさっぱりに忘れてしまっていたのだが・・・。
「そこで物は相談なのですが・・・あんな奴に妹をくれてやるくらいなら、いっそのこと土蜘蛛さん!!」
「黙りな、火車っ!」

 めこぉ〜っ!!

 怒りの感情を露にしたあたしの鉄拳が火車の顔面にめり込んだ。
  「にゃ、にゃにをいきなり!?」

 めこめこぉ〜っ!!

「きゅう〜〜〜っ・・・」
 どうやら火車は分かってくれたものと、あたしは満足げ肯くとに珈琲を咽喉に流し込んだのだったが・・・。
「いっそのこと私自ら手を降そう・・・かと・・・・・・(ガクッ)」
「へっ、そうだったの?」
 どうやらあたしは大いに火車の言葉を誤解していたようである。
「あたしゃてっきり火魅子の想いをいっそのこと叶えてくれと言うのかと・・・って、火車?・・・お〜い、火車ぁ〜??」
 残念なことに火車は二度とあたしの問いかけに答えることができなくなっていた。
 もっとも、火魅子の婚約者を倒してしまった後のことを憂いていたあたしにしてみれば、火車の提案自体には何の意味も見出せないのだが、この時ばかりはいきなり殴り倒してしまったことを・・・ちょっぴり反省した。

「でっ・・・本当にどうすんの、土蜘蛛?」
 午前中の仕事を片付け終え、昼休みの食堂で賞味期限切れ直前の乾パンを突っ突いていたあたしは、その水狐の言葉に我に返った。
「ごめん、聞いてなかった」
「重傷ね・・・相当に」
 かなり呆れ気味、できれば関わり合いを持ちたくなかったと言った風な水狐は、これまたあたしと同じように乾パンを齧っていたのだが、結構に世話好きな性格なのか、あたしの誘いには嫌な顔一つせずに付き合ってくれていた。

『結構良い奴なのかも・・・水孤って』

 彼女に対する見方を、あたしは少し改める必要があるだろう。
「これまで何度試みても駄目だった事が、ここ数日で好転するわけもないのよねぇ〜?」
 そう力無げに呟いた水狐が何気に投じた乾パンに、"桃色筋肉馬鹿(金剛のことらしい)"がはっしと犬のごとくに飛びつくのが見えた。
「あたしがはっきりと言うしかないんだよね・・・はっきりと」
 いつまでも煮え切らない態度を示していたあたしのこの言葉に、水狐の気紛れな猫を思わせる瞳が驚きに見開かれる。
「決断しちゃった・・・とうとう?」
「このまま悩み続けるなんて、相当にらしくないんだよ・・・ったく!」
「まっ、確かにね・・・土蜘蛛らしくないわよねぇ」
 それを受けて水狐の瞳が急に忙しなく動き出す。察するところこれから生じるであろう修羅場を想像して、心の中で期待に胸膨らませでもしているのだろう。

『やっぱ水狐ってば・・・嫌な女』

「んっ?何か言った、土蜘蛛?」
「何にも言っちゃいないよっ!」
 このところかなり短気に暴力的になってるあたしは、乱暴に立ち上がると食器を片そうとした。
「セッティングは私に任せときなさいって!ふふっ・・・何だかとっても楽しめそうね」
 黒鬼会随一の情報収集力を持つ水狐のことである。どうせ火魅子の婚約者の潜伏先など、探し当てていたに違いない。

『やっぱ狐ってば相当に・・・嫌な女』

「んっ?何か言った、土蜘蛛?」
「何にも言っちゃいないよっ!!」

 5.

 決断など言うものは、それまでの様々な過程に伴なう作業に比べ一瞬のものである。決断に伴なう結果などと言うものも、ひょっとしたらそれを下した瞬間に決まっているのかも知れない。
 悩みに悩んだ末の決断が間違っていることもあるし、またそれとは逆に簡単に下した決断が当たっていることもある。
 残念なことにそれを評価するのは当事者でない事の方が多い。

『歴史に結果を問う』

 大袈裟に言ってしまうならば、こうも言えなくもないのだろう。
 もっともこれからあたしが直面する決断の結果はそれほどに大袈裟なものではなく、結果の程も当事者が直接確認する類いのものである。
 歴史に登場するどのような大人物も、今のあたしみたいに悩み抜いた末の決断を下したのだろうか・・・。 

『今更考えたって仕方ないよっ!』

 そう・・・今のあたしの眼前に繰り広げられている光景は、水狐がご丁寧にもセッティングしてくれたらしく、当事者たるあたしに、火魅子に、その婚約者(結局最後まで名を知る機会は無かった) それを見守る野次馬が大多数・・・何かの行事とでも勘違いしているのではないだろうか、すっかりと出来上がった宴会気分の黒鬼会連中である。

「この決闘の立会人は、この京極慶吾が務めよう!両者・・・共に依存はないな?」
 術師の正装に仰々しく身を包んだ京極が宣誓するが、これから決闘を控えている二人は何も答えない。
 あたしは不機嫌の極みとも言える状態にあるし、相手はと言うと・・・決闘場に定められた名も無い原っぱの片隅に聳える木陰に身を隠し、顔だけ出してこちらの様子を怯え伺っているだけだ。
「ふむっ、始まりとしてはいささか興を削がれる形だが・・・まさしく両者のこの戦いにかける闘志の現われとも見える!」
 くだらなく無益でくだらなく無意味なこの戦いを前に、あたしは既に愚痴をこぼす気力すら無くしていた。
「それでは・・・・・・始めぃ!!」
 姿を敵の眼前に現わした符(ふだ)使い程に戦いに不似合いな者は無い。
 あたしがこの戦いに楽しみを見出せるはずも無く、相手が符(ふだ)から式鬼を呼び出す前に、あっという間に勝負をつけるつもりでいて・・・事実そうなった。
 この情けない戦いの記憶はあたしにとって封じてしまいたいものである。よって、ここに描写するべきものは一切無い。
「土蜘蛛様ぁ〜!二人の愛の勝利ですぅ〜!!」
 あたしに駈け寄る火魅子の姿が見て取れたが、あたしとしてはこれからどう説得するかに気がいって、あまり関心を持てていなかった。
「はぁはぁはぁ・・・今日ほどに私、自分の身の上を幸せに思ったことはないですぅ!」
 息せき切って駈け寄った火魅子は嬉しそうにあたしを見て言う。
「誰のせいでこんなことしてると思ってるんだいっ!」
「もちろんそれは私達二人の愛を守るためぇ・・・(ぽっ)」 

 ずるぅ〜っ!!

 一瞬その言葉に挫けそうになるあたしだが、ここで負けるわけにはいかない。
「火魅子・・・今日こそはあんたにしっかりと言わなきゃならないんだよ・・・」
「土蜘蛛様ぁ〜・・・実は私もお話がありますぅ」

 ずるずるぅ〜っ!!

 挫けてはいけない・・・頑張れ、あたし。
「それじゃぁ、同時に言いましょうよぉ〜」
 あたしが言い出そうとした言葉に何を想像したのかは知りたくもないが、盛大に勘違いしているらしい火魅子はぽっと頬を赤らめたままに言った。
「そっ、そうかい・・・二人同時になのかい?」
「ええっ、土蜘蛛様ぁ〜!それじゃ・・・せっ、せぇ〜のぉ〜!!」
「火魅子、あたしゃあんたの気持ちには応えてやれない!!」
「実はぁ〜、後二人ほど私達の恋仲を邪魔する奴がぁ・・・」

 ずるずるずるぅ〜っ!!

 あたしは火魅子の言葉に思わず蹈鞴(たたら)を踏んでしまい、彼女はあたしの言葉に・・・どうやら耳に届いた様子もなく、自分の話の続きに入ろうとしていた。
「火魅子・・・すまないけど最初から・・・もう一度言っとくれ」
「ええっ!?もっ、もう一度ですかぁ〜?えっとぉ〜・・・後二人ほどぉ〜、私達の恋仲を邪魔する奴がぁ〜・・・」
 その瞬間・・・あたしの中で何かがプツンと切れる音がした。

 めぎずしゃぁ〜〜〜!!

 あたしの容赦の欠片も無い渾身の蹴りを後頭部に喰らった火魅子は、頬を恥かしさか赤らめたまま物凄い勢いで吹っ飛んだ。
 疲れに疲れ切ったあたしがふと背後を仰ぎ見ると、決闘開始直後に宴会を始めた野次馬連中によるどんちゃん騒ぎは、この決闘の結果に関係無く大いに盛り上がりを見せていた。
「よっ、世の中間違ってる・・・絶対に間違ってるよっ!!」

 結局のところ問題は何一つ解決してやしない。
 火魅子にしてもそれからも全然懲りていないようだし、あたしの気持ちも何も分かってくれなかったようで、あのままに帝都に居座ったままの日々である。
 思い込みがあまりに激し過ぎるのも・・・どうしたもんかね、本当に (T_T)

 (了)