「う、う、うるせえっ! し、静かにしろい!!」
「そ、そうだ。誰かにみつかっちまったら、ど、どうするんでぃっ!!」
 突然の大声に、ごろつきの二人はまともに動揺しながらかすみに怒鳴った。
 対照に兄貴分の方は冷静に事態を見守る――なんてことはせずに、
「いいからとっとと殺っちまえ!! 逃げられなくなるぞ!!」
 普段冷静な兄貴分の大声に、またまたびっくりして動けなくなる二人。
 冷静沈着を保っていた兄貴分も、やはり人殺しには慣れておらず、内心落ち着かないでいたのだ。
「どうしたっ。早くしろっ!」
 二度目の大声に、二人ははっと我に返り、再びかすみにむかって歩みを進めた。
(今度こそだめ!! 誰か……)
 心の中で必死に祈るかすみ。
(お願い……助けて、……さん――!!)
 二人がかすみの首にロープをかけようとした、その時!!
 ばたむっ!!
「どうした。何があった!!」
 景気よくドアが開いたかと思うと、洋風のコスチュームをまとった青年が部屋に入ってきた。
 続いて似た服の女性も入ってくる。
「ああっ!? かすみさんっ!」
 桜色の服の女性――さくらがかすみをみとめて叫ぶ。
「な、何もんでぃっ、おめーらは!」
 ごろつきBの言葉に、大神が応える。
「我々は、帝国華撃団だ!!」
『なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!』
 ごろつき三人の悲鳴が見事にハモった。
「大神さん! さくらさん!」
 顔をパアッと輝かせて叫ぶかすみ。
「かすみくん、大丈夫か!?」
「あなたたち――絶対許さない!」
 さくらは手近にあった竹箒の柄の部分を取り、右手に構えた。
 戦闘服を着ているとき、得物の霊剣《荒鷹》は携帯していないのだ。
「わたくしたちの仲間をこんな目に遭わせるなんて……」
「絶対許さへんで! 覚悟しいや!!」
「かすみ、待っててね。今行くわ!」
 続いて入ってきたすみれ、紅蘭、マリアも、すでにモップやパイプを手にしている。
「みなさん……」
 かすみは思わず目に涙を浮かべた。
 自分のことをこんなにも想ってくれる、『仲間』がいる――
「少尉、あいつらはわたしたちでなんとかします。少尉はかすみの救出を!」
「ああ、わかった。頼んだぞ、みんな!」
『了解!!』
「……く、くそっ! こんなときにあらわれるなんて……」
「……ついてねーな、俺たち」
「馬鹿野郎っ!! まだ終わっちゃいねえ!」
 泣き言を言う二人に、兄貴分は大声で怒鳴りつける。
 そして、持っていた出刃包丁をかすみに向ける!
「!!」
「てめーら、動くんじゃねえっ!! こいつの命が、どうなってもしらねーぞっ!!」
「……くっ、卑怯なっ!!」
「まったく、なんて男らしくない、卑怯で卑劣な手なんでしょう!」
「すみれはん、相手を逆上させるようなこといわんといて!」
「――どうします、大神さん?」
「……かすみくんが人質に取られてるんじゃ、手は出せない……ここはしばらく様子を見よう」
「へっ、随分物わかりのいい奴がいるようだな」
 兄貴分が大神に向かって言う。
「いいか、てめーらの行動ひとつで、こいつの運命が決まるからな!」
「――お前たちの要求は何だ!!」
「そうだな……とりあえず、現金で三十万円と、てめーらの乗る人型蒸気を三機、もらおうか」
「なんですって!!」
「《光武》をよこせ、やと!?」
「それに三十万円っていったら、山手に豪邸たてても、まだ余りますわよ!!」
 ごろつきの法外な要求に、ただただびっくりする大神たち。
「だ、だめ……です。そんな要求を……うけては、いけません……」
 包丁を突きつけられながらたどたどしい声でかすみは言った。
「うるせー、だまってろ、このアマ!!」
 そう言って兄貴分が包丁を振り上げた、その瞬間!!
 ひゅっ!
 マリアの手から放たれた何かが、空を切り裂いて突き進む!!
 びしっ。
「うわっ!?」
 それは小さな石ころだった。
 マリアの放った小石は兄貴分の振り上げた手に命中、おもわず包丁を離してしまうごろつきの兄貴分。
 その一瞬を、彼女たちは見逃さなかった。
 モップを手にしたすみれはごろつきAを、パイプを手にした紅蘭はごろつきBを、そして箒の柄を手にしたさくらは兄貴分に向かって突進した。
「ひえっ!?」
「ぐわっ!」
 すみれと紅蘭によってあっさりと倒れ伏すごろつきAとB。
 一方大神はかすみのもとへと駆け込んだ。
「大丈夫か、かすみくん!!」
「は、はい……」
「よし、今ロープをほどくからな……くそっ、なんて頑丈に縛ってあるんだ」
 大神がかすみを救出している間、さくらは兄貴分と対峙していた。
 先制して突っ込んださくらだが、素早く体勢を整えた兄貴分によって剣代わりの箒の柄を左手でうけとめられてしまったのだ。
 あいた右手の拳をさくらの腹めがけて繰り出す兄貴分。
 それを間一髪でかわしたさくら。そして一旦後方に下がろうとしたが、箒の柄をつかまれていてさがることができない。
「このっ!」
 さくらは右手の箒の柄を離し、なんとか後方に退く。
 そして勢いで前につんのめる兄貴分に向かって、すみれのモップが繰り出される!
「えええい!!」
「ぐっ!!」
 モップはまともに脇腹を打ち、兄貴分は後ろに数歩よろめく。
「さくらはん! これを!!」
 得物の無くなったさくらに紅蘭が自らのパイプを投げ渡す。
「ありがとう、紅蘭!」
 新たにパイプを手にしたさくらは一気に兄貴分に向かう。
 なんて素晴らしいチームワークなの――
 大神に救助されながらも、かすみは戦う花組を見て何か胸に飛来するものを感じた。
 別に言葉を交わさなくても、相手の行動を理解して自らも行動する。そして、仲間を思いやる――信頼により結ばれた『仲間』達が、かすみの眼前にあった。
 さくらのパイプが兄貴分の胴を素早く薙ぐ!
「ごふっ!!」
 胴を薙がれた衝撃で、兄貴分は後方の壁に叩きつけられる。
 だがその衝撃でたたきつけられた場所のすぐ隣にある古い和箪笥が傾き、倒れ始めた。
 その下には――ロープがほどけたばかりのかすみと大神が!!
「きゃあっ!!」
「かすみくんっ!」
 あわててかすみに飛びかかる大神。
「大神さん!!」
 ズ……ズズズズズズズンンンン……
 地響きをあげ、和箪笥は完全に横になった。
 その隣には――しっかりと抱き合った格好のかすみと大神。
「……ふう、間一髪だったな」
 箪笥の方を見て言う大神。
 花組の強さは、仲間を思いやる強さ。そして、互いを信頼しあう強さ。
 そんな想いがかすみの頭をかけめぐった。
 そして、自分をしっかり抱きしめてくれている大神隊長――
 突如かすみの頭の中に、とある感覚――いや、感情がよみがえった。
「大丈夫かい、かすみくん?」
「大神さん……」
 かすみは自分をしっかりと抱きしめている大神の顔を見上げた。
 しかしそこには見なれた大神の顔ではなく――
「……和彦さん……」
「――えっ?」
 大神は驚いて声を上げた。
 見ると、そこには涙でうるんだかすみの瞳が――
「和彦さんっ!」
 かすみがさらに大神に抱きついてくる。
「あ、あの、かすみくん……?」
 大神の胸に顔を埋めていたかすみは、しばらくして小さくつぶやいた。
「……もう少し……このままでいて、いいですか……」
 その声はとてもせつなく、だが喜びにあふれた様に聞こえた。
 ――まるで昔の恋人に再び巡り会ったかのような、そんな声だった。
「――ああ」
 大神はただ一言、ささやいた。
 ごろつきたちがさくらたちに縛り上げられている間、二人はかたく、かたく抱き合い続けた。
 今までうす暗かったその部屋を、窓から西日がやさしく、それでいて情熱的に照らし出していた。

 こうして、浅草での事件は幕を閉じた。
 あのとき、かすみの目に大神が和彦に見えたのは、単に涙でかすんでいたからであろうか。
 いや、きっと、もっと別の理由があったのだろう。
 それは――
「大神さん。先日はどうもありがとうございました」
 ぺこりとお辞儀をして、かすみは言った。
「いや、当然のことをしただけだよ。それより、かすみくんに怪我がなくてよかった」
「はい。大神さんのおかげです」
 顔をあげたかすみは、大神と視線をあわせる。
 二人の間に、しばらく沈黙がおりた。
「じ、じゃ、俺はモギリの仕事があるから、これで……」
 先に沈黙を破ったのは大神だった。
「はい。がんばってくださいね」
 にっこりと笑って、かすみは大神の後ろ姿を見送った。
「――さて、私も事務局に戻らなきゃ」
 そう言って、後ろを振り向いた瞬間。
「――かすみさん?」
「あ……さくらさん……」
 そこには少し心配げな顔のさくらが立っていた。
「あの、かすみさん。大神さんと、何をお話ししてたんですか?」
「この前のお礼をいってたんです。大神さんは命の恩人ですから、何度お礼を言っても足りないくらいです」
「そ、そうですか……それならいいんです……」
 そう言うなり、さくらはきびすを返して去っていった。
(さくらさん……やっぱり、気になるのね……)
 少し思案げな表情をするかすみ。しかし、すぐに笑顔に戻って、
(さくらさんには悪いけど……あのとき大神さんが和彦さんに見えたのは、たんなる偶然とか、そういうことじゃないわ……)
 あの日、かすみが大神に助け出され、そして大神に抱きとめられた時感じた感覚。
 蜜柑や檸檬を連想させるような、甘い、甘い感覚。
 それはかすみに、未来のあるビジョンをもたらしたのかもしれない。
 それは一体――
 かすみは懐に手を伸ばし、何かを取り出した。
 それは、あのとき浅草寺で買った縁結びの御守り――さくらに渡そうと思って買ったものだ。
 しかし、この御守りをさくらに渡そうなんて気は、今のかすみにはない。
「だって、私も……大神さんのことが好きなんですもの!」
 縁結びの御守りをかたく握りしめ、かすみははっきりと、力強く宣言した。

 こうしてさくらの――いや、花組の恋のライバルがまた一人、加わった。

〈春の湊 了〉