2
「もう、大神さんったらみんなに囲まれてデレデレしちゃって!」
と、大声をあげながらさくらは2階の廊下をすたすたと歩いていた。
実を言えば大神は決してデレデレしていた訳ではなく、ただ花組の面々に囲まれて困惑していただけなのだが、一度さくらの嫉妬心に火がついてしまったらそんなことは全く関係なくなってしまう。
「大神」が「みんなに囲まれて」いる事自体が許せないのだ。
全くの勘違い。げに恐ろしきは乙女のやきもち、といったところか。
なおもぶつぶつ言いながら廊下を歩いていると、
「いやぁ、さくらくん。今日は何だかごきげんななめじゃないか〜」
と、窓の外から突然声をかけられた。
「あ。加山さん……」
さくらは窓の外に立っている加山を見てただ一言そう言った。
ちなみに窓は中庭側についていて、外に立つ場所などあるわけはないのだが、さくらは別にそれを変だとは思わなかった。加山の登場としてはいつものことだからである。
それはさておき、加山はよいしょっと廊下に入ってくると、
「どうしたんだい? もしよかったら俺に話してくれないかなぁ」
とさくらに言った。
(加山さんは確か大神さんとは海軍士官学校で同期だったはず……それなら、大神さんのこと詳しく知っているかもしれない)
そう思うやいなや、さくらは口を開いた。
「あの……加山さん」
「ん、なんだい?」
「大神さんって……昔からあんな風だったんですか」
少し食いかかった風にさくらは言った。
「あんな風とは?」
「大神さんったら女の人と一緒にいるときいっつもデレデレしちゃって! おまけにみんなに愛想振り回して八方美人もいいところです!!」
さくらは声も荒げになおも言い続ける。
「この前だってすみれさんや織姫さんといい感じだったし、マリアさんとは遊戯室で二人っきりでいたみたいだし、それに……」
さくらの愚痴はとどまることを知らず、次々とその口をついで出た。
加山はというとさくらの言葉をウンウンうなずきながら聞いている。
そして、さくらがひとしきり言い終えると、やはり頷きながら、
「いやぁ、まったくさくら君の言うとおりだ」
と切りだして、さらに続けた。
「大神は昔っから手が早かったからなぁ。女の子と二人っきりでいることも多かったし、いつもいろんな子に声かけてたしなぁ……」
「えっ……?」
加山が大神の悪癖について話し始めると、さくらは少し拍子抜けしたような声を出した。
それに気付かぬのか、加山は立て板に水の如くしゃべり続ける。
それを聞くうちに、さくらは自分の心に何かひっかかるものが生まれてくるのを感じていた。
はじめは思いせくままに愚痴をこぼしていたさくらだが、本当にこれでよかったのだろうか?
これが果たして自分の望んでいたことなのだろうか?
確かに、誰かに言わずにはいられなかった。そして、答えてほしかった。
答え? 一体どんな答えを望んでいたの?
さくらが自問するあいだにも、加山は話しつづける。
「それに3回しか“かばえ”なくなってるし、相変わらず敵1体にしか攻撃できないし――」
「加山さん違いますっ!」
突然加山の言葉をさえぎって、さくらは叫んだ。
「確かに大神さんはみんなに声掛けてるけど、それは大神さんがやさしい人だからです! あたしにだって、いつもお掃除や剣のお稽古に付き合ってくれるし、とってもとっても優しくていい人なんです!!
やさしくて、いい人……」
そこまで言うと、さくらは言葉を止めた。
目の前の加山が、にやにや笑いながら自分を見ていたからだ。
「いやぁ、やっと本音が出たな、さくら君」
「えっ、あ……」
さくらは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
気がついたのだ。自分が今何を言ったのか。そして、なぜ加山がわざわざ大神の悪口を言ったのか。
「なんだかんだ言っても、結局大神のことが好きなんじゃないか。いやぁ〜、青春だなあ〜」
加山はいつのまにか手にしていたギターを一つならすと、さくらの肩にぽん、と手を置き、
「もっと自分に素直になるんだ。大神のことは、君が一番よくわかっているんじゃないのかい」
シリアス顔でさくらの顔をを覗き込む加山。
しばし加山の瞳を見つめ返すさくら。やがて、
「あたし……大神さんに謝ってきます!」
そう言うや、さくらはもと来た廊下を駆け戻っていった。
走りながら、さくらは自分の心のもやもやが晴れていることに気づいた。
自分が求めていたもの……それは大神を肯定する言葉だった。
たとえ自分がなんと言っても、
「いやそんなことはない。大神はやさしくていい人だよ」
そう言って欲しかった。
そして――自分自身を納得させたかったのだ。
大神のことが好きな自分を。
(大神さん……ごめんなさい……)
さくらは胸の裡でそう呟くと、サロンへと駆け込んでいった。
走りゆくさくらの後ろ姿を見ながら、加山は誰へとなく呟く。
「大神……お前は幸せ者だ。こんなにまで想ってくれる人がいるんだからな」
加山は窓から外を眺めた。
早くも西に傾き始めた陽の光が、中庭の木々を情熱的な色に染め上げていた。
〈胸のうちの想い 了〉