闇の運命



 帝国華撃団・花組。
 帝都東京を狙う悪を倒すために選ばれた少女たち。
 彼女たちは実に数奇な運命に導かれ、集った。
 それぞれが様々な過去を背負い、人生を戦い抜いてきた。
 それはまことに過酷なものであっただろう。
 幾度となく傷つき、苦しみ、それでも彼女たちが帝国華撃団として集結したということは、まさしく運命としか言いようがない。
 しかし――
 運命はその善悪を問わず、すべての生きとし生ける者に降り注ぐ。
 その結果悪行に身を染め、不徳の者、悪道の者と誹られる者もある。
 運命に抗う事叶わずに――

 黒鬼会五行衆、土蜘蛛。
 彼女もまた、そうした悲しき運命に流された一人であった。

 土蜘蛛は1899(明冶32)年、九州北部のとある山中に生まれた。
 両親により八女(やめ)と名付けられた彼女だが、生来腕が6本有り、また人並みはずれた容貌膂力を身に備わせていた。
 だが、彼女が人に怖れられることはなかった。何故なら、彼女たち一家が暮らしていたのは人里離れた、誰の目にも留まることのない山深くだったからである。
 だから八女は両親以外の人間に会ったことはなく、物心着いたときには母、田油(たぶら)と二人で暮らしていた。
 二人は荒屋(あばらや)にて雨露をしのぎ、猫の額ほどの畑を耕して日々の糧食とし、時には深森にて狩りをし時には山川にて川魚を獲って暮らしていた。
 八女は常に二つの疑問を抱いていて、ふとした折りに母田油に訊ねていた。
 一つは父は何故いないのか。もう一つは何故自分たちはこんな暮らしをしているのか――
 父、夏羽(なつは)については八女が三歳の時に病死したと聞かされていた。実際、母と共に父の墓参りに行ったことも数回ではなかった。
 そしてもう一つの問いには――母は答えることなく娘に問い返した。
「八女、あなたは今の暮らしが嫌なのですか?」
 決して厳しい口調ではないが、凛としたその口振りに、八女はただ、
「いえ、そんなことはありません――」
と応えるしかなかった。
 また、田油は事あるごとに八女にこう言い聞かせた。
「いいですか八女。自らの境遇に不満を持ってはいけません。また自らの運命を呪ってもなりません。あなたはこれから、言葉にするのも耐え難い出来事に遭うこともありましょう。生きることがつらくなることもありましょう。でも、決して死に急いではなりません。精一杯生きるのです。そして、自分自身に誇りを持つのです――」
 まだ十歳にも満たない八女には、この母の言葉の大半が意味の分からぬものだった。八女は母のこの言葉にただ黙ってうなずくのみだった。
 そんなある日、田油が畑仕事で家を留守にしているとき、八女は蔵の奥で偶然数本の巻物を見つけた。
 それはやたらと古いもので、ところどころ破れた箇所があった。だが見るには支障はなく、幾ばくかの文章と、何か争っているような絵が描いてあった。
 学校に通っていない八女は字を読むことが出来ない。仕方なく描かれた絵をくまなく見渡した。
 よく見れば、その絵は一方が攻め、もう一方が逃げまどうような構図だった。どうやらある栄えていた国が滅亡に追いやられるまでを描いたものであるらしかった。
 しばらくして、田油が畑から戻ってきた。八女は蔵から巻物を持ち出すと、それを母に見せて訊ねた。
「母様、この巻物にはなんと書いてあるのですか?」
 田油は巻物を見るや非常に驚き、
「八女、これをどこで見つけたのです」
「蔵の奥で見つけました。あたしは字が読めないから、なんて書いてあるのか分かりません。母様、読んでください」
 八女は真摯な表情で聞いてくる。田油は一旦嘆息してみせたが、やがて意を決したように娘に語りかけた。
「……おまえがこれを見つけたのも、天の定めなのかもしれませんね……八女、これから私の言うことを、ちゃんと聞いているのです。決して忘れてはなりませんよ」
「はい」
 同じく真摯な面持ちで言う田油に、八女もまた同じ面持ちで応える。
「この巻物は土蜘蛛族について記したものです」
「土蜘蛛族?」
「太古の昔、九州に栄えた一族……私たちの御先祖様です」
「御先祖様!?」
 八女は驚いて巻物に目を落とす。
 そこに描かれているのは一人の女性が大勢の武装した人間に追われて逃げ回っている場面だった。田油はその女性を指さしながら言った。
「この方が土蜘蛛族最後の女王……そしてこちらの追っ手の方は畿内より派遣された朝廷の兵……今から千六百年前のことです」
 八女は巻物を食い入るように見つめながら母の話に耳を傾けた。
「女王は捕らえられ、住んでいた者も散り散りになってしまいました。ですが、一族の数人の者は身を潜め、その血脈を絶やすことなく今に至るのです」
「それが何故、今は私たちだけになってしまったのですか」
 八女が訊ねる。田油は少しためらいながらも八女に語った。
「私たち土蜘蛛族は不思議な力を持った『鬼子』が多く生まれる血筋なのです。そのために人々から忌み嫌われ、命を落とすものも……」
 この時、母の瞳から一筋の涙が落ちるのを、八女は見逃さなかった。
 田油は八女の肩に手を置き、その瞳をまっすぐ見つめながら言った。
「あなたもまた、異形の血を受け継いだ子……ですが八女、どんなに辛い事があっても、決して命を粗末にしてはいけません。あなたは土蜘蛛族最後の生き残り……その宿命と、そして誇りを忘れずに生きてゆくのです」
 母の言葉に黙ってうなずく八女。その心中には、遠き昔に栄えていた祖先の姿と、落ちぶれ、迫害され続ける祖先の姿が交互に浮かび上がった。
 自分もまた同じ運命を辿るのか……いや、そんなことにはさせない!
 このとき、八女の心に「土蜘蛛族再興」という目的が芽生えだしていた。