○八月某日 天気:晴れのちにわか雨
 今日は大変な一日でした。
 いつもは、お仕事で大変なんだけど、今日はちょっとした事件があったの。
 今月の公演『西遊記』の昼の部が終わって、あたしもちょっと休憩しようかな……なんて思ったときでした。
 ほとんど人のいないロビーの方から、茶色のコートを着た男の人が売店の方にやってきたの。
 こんな真夏に変だな……って思ったんだけど、売店の前で止まったから、いつものように笑って、
「いらっしゃいませ! 何をお求めですか?」
って言ったんです。
 そうしたら、突然商品を並べている棚をだんっ!って飛び越えてきて!
 そのまま中に入って、棚の下にあった金庫をつかんで逃げようとしたの!
「泥棒っ!?」
 そうあたしが叫ぶと、男の人は私の方を見て……
 そして口の端をつり上げてにいっ、って笑ったの!!
 とっても怖かった!
 それで、男の人はそのまま逃げようとしたから、
「待って!」
って声かけたの。
 今考えたら、そんな風に言っても待ってくれる訳ないのにね。
 泥棒さんはやっぱり待ってくれなくて(当たり前ですね)、さっきと同じように棚を飛び越えようとしたの。
 あたし夢中になって、手近にあった瓶をつかんだんです。
 そして、
「えーいっ!!」
 その中身を泥棒さんにめがけて吹きかけたの!
 そう。あたしがとっさにつかんだ瓶は、売店で売ってる香水の瓶だったのよね。
 名付けて、香水散霧(パーヒューム・フォッグ)!! ……って、ちょっと大げさかな?
「ぐわっ!?」
 あたしの吹きかけた香水は偶然にも泥棒さんの顔、しかも目にあたったの。
 香水、目に入っちゃったみたい。すっごく痛そうだった。
 ……ちょっと、やりすぎちゃったかな。
 なんて思ったけど、でも泥棒さんは金庫を置いて逃げちゃったから、まあよしとしますか――なんてね。
 結局売店はめちゃめちゃになっちゃったけど、何も盗られなかったしね。
 そのあと、大神さんたちが駆けつけてきてくれて、お店の片づけを手伝ってくれたから、夜の部にはなんとか間に合いました。
 とりあえず、よかったよかった。

 ――あと、大神さんが来てくれたときに、最初に
「怪我はなかった?」
って聞いてくれたの、とてもうれしかった。
 ……心配してくれたんだ、大神さん……。

 ――でも、まだすみれさんとは仲直りできていません。
 片づけの手伝いには来てくれたけど、その時もあたしと目を合わせないようにしてるみたいで……
 夕方降った通り雨の音が、私の心に重くのしかかりました。