●柳沢元政(1536〜1613)  [from:戦国群雄伝]

 今回は某氏よりメールでリクエストを頂いた柳沢元政を取りあげたい。
 元政は足利将軍家に仕えた武将である。もとは公卿柳原氏(藤原系)だったらしいが、元政の父が足利義輝に仕えた際、義輝の命で柳沢に改姓したらしい。元政は12代義晴、13代義輝、15代義昭に仕え、永禄12年(1569)に京都本圀寺で三好一党に囲まれたとき、よく防戦して7箇所の傷を負って義昭から感情と馬を褒美にもらったというから、将軍直属の親衛隊長といった感じだろうか。
 天正元年(1573)義昭が織田信長により京都から追放されると、元政も義昭の供をして備後鞆へと移る。が、そこで元政は突然毛利家の家臣となり、さらに朝鮮出兵の時には豊臣秀吉の家臣になってしまっている。なかなか節操のない行動ではあるが、別に不忠の徒というわけではなく、秀吉が近習に取り立てようとしたとき「毛利家のご恩を多年受けているので辞退させていただきます」ともっともらしい事を言っている。それに感動した秀吉は出雲、備後両国にて1万石を元政に与えたのである。いやはや、見事な処世術ではある。
 秀吉死後は徳川家康にも目を掛けられ、従五位下に任じられた。だが恩賞地までは上手くいかず、息子の元吉は500石(のち加増されて700石)の旗本となったのである。

シナリオ所属国身分年齢政治戦闘魅力野望忠誠部隊
1;戦国の動乱山城現役(足利家)243445495988鉄砲隊


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